■第10章 フォーデーマーチ最終日

軍設置の浮き橋

最終日の朝もいつものようにすっきり目覚めました。やはり日本時間で行動して正解だったようです。食欲も十分にあるので食堂でたっぷりと朝食を取りました。オランダはチーズがうまい国でパン2枚の間にチーズとハムをはさんで食べるのがオランダ流の朝食です。バス停でいつものベテランウォーカーと会いました。彼とは四日間毎朝会っているのですっかりお互いに気心が知れています。でも今日でお別れだと思うと本当に寂しい限りです。来年もここでまた出会うことを約束して別れの挨拶をしました。

バスに乗り込んで来る人々はみんなニコニコしています。今日ですべて終わるという喜びでしょう。モルヘンの挨拶の声もどこかトーンが高くなっています。最終日のスタート前は初日と同様にみんな気勢を上げて盛り上がっていい雰囲気です。いよいよスタートです。昨日と同様に南に向かいます。さすがに最終日なのでみんなのペースはゆっくりになってきています。私でも追い越せる人が増えてきました。

周りが明るくなってふと周りのウォーカーを見るとちょっと今までとは違う事に気がつきました。なぜか特徴ある格好をしているウォーカーが多いのです。むしろ仮装していると言ってもおかしくないくらいの姿なのです。また背中に大きなホルンやトランペットやタンバリンなどの鳴り物を持っている人も良く見かけます。この理由は後に判るのですがこの時点では全く判りませんでした。

最終日のコースはナイメーヘン南西の町々を抜けて、軍の設置した仮橋を渡りますが、この仮橋がすごいのです。戦車が通るための本格的な浮き橋で大変がっちりしています。東松山にも最終日に仮橋が設置されますが恐らく元ネタはこの橋だと思います。この橋のおかげで大きく橋を渡るために迂回しなければならないコースがスムーズに歩けるようになっています。本当に軍隊の設備とはすごいものですね。

沿道の応援は日を追うごとにさらに盛り上がりを見せています。この応援に関して歩きながら少し考えて見ました。最初2000年にナイメーヘンを体験した歩きの神様かめさんから沿道の人々が椅子やテーブルを持ち出してウォーカーを応援するんだと聞かされていたのですが、正直言って何故人々は目の前を歩いている見ず知らずのウォーカーを見て何処が楽しいのだろうかと半信半疑でした。

ところが実際にナイメーヘンを歩いて判ったのは、この大会は世界大会で世界中からウォーカーが参加するとは言っても実際には7割方のウォーカーはこの近辺の町々から参加しているのです。親戚や家族が全員集まって応援するということは、その中の誰かの家族や友達が目の前を通過する機会がとても多いのだと気がつきました。日本では家の前の道を赤の他人が歩きますがナイメーヘンでは家族や知り合いが歩くのです。

丁度日本で言えば小学校の運動会の応援席のように自分の家族や友達の奮闘を応援しながら観戦するという楽しみに似ている思います。家族や同級生や職場の知り合いなどが通るたびに力いっぱい応援するのはさぞかし楽しいことでしょうね。名前を書いたプラカードで家族を応援したり、コースに出てきて抱き合ったりするシーンを何度も見ました。ナイメーヘンのコースは四日間で周辺の町々をダブらせずにすべて網羅するコースになっていますので四日間のうち一日は必ず自分の町にウォーカーがやってくるように工夫されている事にようやく気がつきました。こうした地域への配慮がこの大会の本当の醍醐味なのでしょう。

四日間の最後の10キロは4車線の国道をウォーカーの為に開放した喜びの道とも言われている直線コースです。沿道には切れ目無く応援の人々が詰め掛けています。周辺の町々から最後のゴールを一緒にお祝いするために集まってきた人も多いと思います。特に10回とか20回というキリのいい回数を完歩した人を称えるプラカードや垂れ幕が目立ちます。その喜び様やお祝いの派手さを見てもこの大会を10回歩くという事はかなりの価値を持った偉業なんだなと改めて感じました。

もちろんこの喜びの道では知り合い以外の他人のウォーカーに対する応援も盛り上がっています。特にウォーカーに特徴があればあるほど観客の応援にも熱が入ります。先ほどの仮装ウォーカーや重たい鳴り物を50kmも運んできたウォーカーの目的はこの喜びの道でのパフォーマンスだったのです。彼らにとっては完歩する事は当たり前でむしろ最終日の喜びの道をどうやって盛り上げるかが関心事だったわけです。

完歩を目指して軽量で歩く効率を極限まで追求した味も素っ気もないスタイルの私とは次元が違う楽しみ方をしているベテランウォーカーだったわけですね。しかし沿道の観衆はなんの特長も無い私にでも大きな声援を送ってくれました。来年は少しでもこの声援に答える工夫をしてみたいと思います。

だんだんとゴールが近づいてきました。観衆の密度もさらに高くなってきました。いよいよナイメーヘンの市街地に到達しました。コースの両側には大きな観客席が用意されて市長や軍の幹部などが正装してひな壇に陣取ってウォーカーに声援を送っています。東松山の最後のパレードもこの光景を模倣して同様な事を目指しているのだと思いました(こちらの規模は1000倍程大きいですが・・・)。最後の1キロは全く声援が止まりません。

すごい盛り上がりです。ここをスピード重視でわき目も振らずゴールを目指して歩きに専念するのは無粋というものでしょう。ナイメーヘンではスピードよりも観客や地域の人々とのコミュニケーションが大切だと思いました。最後の1キロはあえてゆっくりと歩きました。こんな声援の中を歩けただけで幸せです。完歩した者だけに与えられる栄光の声援ですね。二度と忘れられません。また来年この声援を受け止めたいと思いました。完全にナイメーヘンにハマってしまったようです。

200kmを完歩

ゴールゲートをくぐって長かったようであっという間だった四日間が終了しました。特に大きなトラブルも無く無事に歩けた事は自分でもびっくりです。日本スリーデーの50km三日間よりもずいぶん楽に完歩できました。やはり歩きの神様かめさんのアドバイス通りでした。

早速自分の受付に行ってバーコードとコントロールカードをスキャンして一年目のメダルをゲット。色も銅色でデザインもそっけない小さなメダルですが自分にとっては参加を決意してから9ヶ月に及ぶ長いチャレンジのゴールでもありました。さっそくベストの胸にメダルをつけてみました。まわりの参加者も同様に今もらったばかりのメダルを早速つけて歩いています。

結構他の参加者を見るとダメージがあるようです。足を引きずって歩いているウォーカーが目立ちます。また足のむくみを解消するために地面に寝転んで椅子に足を乗せているウォーカーも多いようです。他の参加者とお互いに声を掛け合います。お互いに四日間同じようなスピードで歩いてきたウォーカー同士は何度か姿を見ていますのですぐに判ります。まずはお互いに握手をして栄光を称えあいます。今日のしっかり歩数は71637歩でした。

じっくりとストレッチをしてからすっかり馴染みになったイタリアンレストランへ。店では握手で大歓迎を受けてビールをご馳走になりました。今日はじっくりと飲むことにします。ビール、ワイン、グラッパ、ザンブッカと飲んで結構酔ってきました。初完歩の喜びに加えてお腹も空いていたので最高の夕食になりました。いい気持ちでホテルに戻ったら風呂にも入らずにすぐに寝てしまいました。ストレッチをサボったので翌朝には少し筋肉痛になってしまいました。

今日はアムステルダムに向かい家族の待つ日本に帰る事にします。メダルの色は銅色ですがこれが第一歩です。この一週間いや準備も含めた9ヶ月は実りの多い時間でした。自分で目標を立てて努力してゴールする事の喜びを知ることができました。来年もまた来る事にしましょう。さようならナイメーヘン。

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